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棗のブログ

軽やかに、楽しく糖質制限

気がつけばそこに、思い通りの幸せ 

東京地方、昨日梅雨入りしたようです。

あー♪
ますます紫陽花がきれいに見える季節だなあ…
と、胸キュンしたりして(笑)

そうは言ってもお洗濯物はこまめに片付けるのを
心がけておかないとですねd(^ー゚*)



日常の中で必要な、こういう情報は
大抵友人知人が教えてくれます。
意図して、取り入れる情報をとても少なく制限してます。

私は毎日、ほとんどひとりで家での生活を送っています。


スマホはもちろん持っていないし、
TVはCATVだけ
しかも目当てのドキュメンタリー番組とお天気チャンネルしかまず見ないし。

PCはこーしてたまにブログを更新するのと、
製作の合間の気分転換に
「ピグライフ」「モグ」というゲームをするのと、

twitterのTLを眺めるのと…に使うくらい。

ちゃんと日課になってるのは、メールチェックだけです。
PCの前に座る時間、もっともっと削減してもいいくらい。

これ以上浮世離れしてどーするんだろうって気もしますが(笑)


そして、早朝ウォーキングに1時間弱行って、
朝食をとり、家事を済ませて、

あとは、ゆるゆると製作や図面描き。


今の季節、窓から吹いてくる風が気持ち良いので、
窓のそばのテーブルに座って
図面に向かってぼんやりしている時間が、

この静かな時間が、たまらなく幸せ( ̄∀ ̄)

(ぼんやりしてないで、図面描かなきゃですが・笑)



こんな、ものすごくのんびりした生活を
50代になった今しているなんて、

四十路までの忙しかった自分には
到底あり得ない未来を
私は今生きているんだなあ…

と思うと(笑)

おもしろいですね、人生って(^^;)
ほんとわからない。



毎日見ているお天気チャンネルの
定点カメラの位置が
今月から変わったようです。

観覧車があるから、お台場のどこか。

どこだろう…?と考えていたら

友人が「テレコムセンター」だよきっと!
と、教えてくれました。

なるほどねえ、そうかも。


毎晩、このお台場の夜景を
定点カメラ映像で見ながら
夜のまったりtimeを楽しんでいます♪

それで、ねむたくなると寝ちゃう…Zzzz

これがだいたい夜10時半から11時。



お台場じゃないけど、
私は20代のある一時期
都心で働いていました。

その頃は麻布十番に住んでいて、
日頃よく東京タワーを目にしていました。

毎日の仕事、大変だったなあ…
忙しかった!(^^;)

今、もうあんな無茶な働き方は絶対できないし(笑)、
やるつもりもないです。もちろん。



あれからあちこち移り住んで
結局東京に戻って来て。

東京湾岸の夜景をCATVで眺めてる。


今の私がしているのんびり生活、
これって同じことを
東京じゃなくても、
たとえばものすごい僻地でも、

(ネット環境とCATVさえあれば)

そっくりそのままできちゃう?ってことに
昨夜気がついた時は
笑いました(^^;)


まあ、ところによっては
ウォーキングが「山歩き」になっちゃうかもですが(笑)

(砂浜歩きでもいいかも♪)


どこに住んでいても、
それがたとえ地球の裏側だとしても、
私は同じような生活をきっとしてる、と思います。



「ねば」と「べき」を最優先して
社会通念と一般常識に流されて
自分のホントの「こう生きたい」という感情に背いて
感情を押し殺し続けていたら、

あの20代の頃のまま生きて来ていたら、

こんな50代にはなってなかったでしょうね。

(いや、「こんな酒の飲み方してたら40まで持たない!」と
胃腸科のお医者さんに叱られてましたから、
50に届かず死んでたかも…怖)

こんなのんびりした、平穏な生活も
きっとなかったな~。



糖質制限も、私の人生を一変させてくれましたが。

40代でいろんなリセットを経験したことも
私の手に「私の人生」を
取り戻させてくれました。


鍵となったのは、
「自分の感情に、正直であること」。

そうしていれば、自然に
幸せだと思える人生とはこういうもの、そう言える人生が
いつの間にか、思い通りに出来上がっていく。

見回せば、沢山のラッキー、
沢山のやさしさ、思いやり、
いろんな恵み…

そういうあらゆる種類の豊かさに包まれながら
笑顔で暮らしている私がいる。


どうして、もっと早く
この法則に気がつかなかったのかな!!
くやしい!!O(≧∇≦)O


でもまあ、
「自分の感情に正直でいる」って
言うほど簡単じゃないですからね(笑)
今の私だってちょくちょくやせがまんしちゃいます。

人間ってそういうものなんでしょう。

特に、周囲の人を大切にしたい気持ちが強ければ。


そんな、ぎこちなかった過去の私を
「それでも懸命に生きてたよね」
と労い、愛おしみ、
うまく行かない人生にさよならして、

のんびりだけど、私らしい生活。


生きているって、それだけでものすごいこと!
わくわくすること、
胸キュンすること、
しみじみすること…

泣いたり、不機嫌になったりすることすらも。
みんなみんな、ネガティブもポジティブも平等に、
生きているからこそ味わえる感情。


焦っている私も、怒っているあなたも、誰もが愛おしい。
生き生きとして見える。輝いてる。

そんな、私も含めて生きている誰をも応援したい、
幸せを祈りたい気持ちが湧いて来ます。


生きましょう!これからも、笑顔が自然にほころんでしまう
そんなステキな日々をネ(*^-^*)
楽しく創って行きましょう。かけがえのない私だけの、あなただけの人生を。

いつかこの世を去る時が来るのですもんネ。



Posted on 2016/06/06 Mon. 11:25 [edit]

category: 日記

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06

「世間の普通」とのギャップが意味するもの 

更新しないとそろそろ広告が出ちゃいますので、慌てて記事書きます(^^;)


新緑の季節になってますね!
もうお出かけが楽しくて楽しくて、仕方無いです!(≧∇≦)

どこへ行っても花、花、花!
そして爽やかな風…( ̄∀ ̄*)


春にデパートで見つけた「桜香る緑茶」というのにはまって以来、
桜がとっくに散った今でもまだリピートして飲んでいます。

桜餅の葉っぱそっくりな香りがする緑茶なんです♪

これをきっかけに、緑茶のおいしさに目覚めました。


緑茶って煎れ方に手間がかかりますよね。

抽出時間が1分とあっという間だし、
湯冷ましを使って、せっかく沸騰しているお湯の温度を下げたり(笑)、
普段紅茶を飲んでいる身には、ちょっと抵抗が(^^;)

その、普段の習慣とのギャップとめんどくささを乗り越えて、
紅茶やコーヒー、ハーブティとも違う緑茶の多面的な味わいを
日々楽しんでいます♪



前回の記事で、
「過去を振り返るのがどうでもよくなって来た」
と書きました。

その傾向、相変わらず…いえ、加速しているような気すらします。


このブログは、主に私の
「糖質制限をして来た過去」を振り返りながら書いて来ましたので、
それで最近は記事を書けなくなっちゃってるのかなあ?と感じていたのですが、

(そうそう、それに症状の変遷についても)

実はそれは、糖質制限だけでなく日常のあらゆる物事を
私が過去とはちがう新たな視点で見るようになっていることの
当然の結果なのです。

具体的にどうちがうかは、うまく表現できないのですが…。


自分がどんどん変化している。
それに気付かせてくれたのは、この本の中で出会った
いくつかの言葉でした。


「血流がすべて解決する」
堀江昭佳



私は若い頃によく「瘀血」と言われていたので
おそらく生まれ持った体質がそうなのでしょうが、

糖質制限を初めて以来、血液検査の値が別人のように良くなり
頬の血色も良く、手も温かくなって代謝も上がりました。
生理痛もPMSも冷え性も低体温も、全ー部!お別れしました。


それでもまだ、細かいけちをつければ
フェリチン値が低めだとか
月経困難症の頭痛に当帰芍薬散を勧められて飲んでいるとか
(この漢方薬は「駆瘀血剤」なんだそうです)。

この「当帰芍薬散」が、めざましく効くんですよ…!
それで超低容量ピルを思い切って断薬したんですが。


この結果をみて、

やっぱり私の体調不良の原因、大元の根っこは
「瘀血」
なんじゃないかと。

どこも悪くないのに、いろいろにかたちを変えてやって来る不調は
「瘀血」を放置しているからかも。

糖質制限でも解消し切れない、あと一押し。


これは、普通の人と同じように生活しているだけでは
私の場合バランスが取れないということに
今まで気付けなくて、

若い頃からいろんなかたちで続いてきた不調は
いったん糖質制限で大きく改善されたものの、
その隙をかいくぐって届く
「瘀血に配慮して!」という身体の訴えに思える。


なんだか、次々と消えては現れる不調に付き合い続けることに疲れて
(というか飽きて・笑)

もうこれで終わりにしよう…気が済んだわ

と、やっといい意味での「あきらめの心境」になれました(^^;)


結果はどうあれ。

今後は、もう「瘀血」を改善することだけ淡々としよう。
症状を無くすために新しいことをあれこれと試すのではなくて。
(そりゃあもうありとあらゆることを試して来ましたからネ~!笑)

それで症状が無くならないとしても、もういいや( ̄∀ ̄)

完全に無くならないとしても、
既にほとんど生活の邪魔にならない程度にまで良くなったのだから。
どっちでもいい。

それより、生きていることを楽しみたい♪
お花いっぱい見に行ったりとか!(*^-^*)


そんな気持ちに、絶妙のタイミングでやって来てくれた
前述の本。

あとがきの一文に、はっとしました。


誰しも、病気や症状だけに苦しんでいるのではありません。
病気や症状のある自分と「世間の普通」とのギャップに苦しんでいるのです。



そして、第7章のこの言葉も。

社会的に「普通」「常識」と思われることができないときに、ひとはとても苦しみます。
自分自身は何も変わっていないのに、社会の中心から押しやられたようで、
とても孤独になります。



それと、随所に見られる
「あなたが悪いせいではありません、正しい方法を知らなかっただけなのです」
という言葉にも心が癒されました。


漢方薬剤師であるこの著者さんは、この本で

身体の不調だけでなく、本人の抱えている常識や執着による
束縛からの「心の解放」をゴールにしている、と書かれています。

病気や症状のその先のことが気になると。
治すこと自体よりも、
治したその先にある夢や目標を叶えていくことが、
からだの症状に苦しむ人の、本当の目的なのだと。

単に「治すこと」だけを目的としているお医者さんなら
こんなこと言いませんよね。


かつて私が「お医者さんなんか頼りにしない」と拗ねてしまったのは(笑)、
「病気だ病気だと言っているから、病気になるんです」
なんて言われて、相手にしてもらえなかったからです。

今でもお医者さんは頼りません。
どうせ「素晴らしい健康体です」ってほめられて終わりだから(笑)


今なら理解できます。
お医者さんが私の症状を治す方法がわからなくて
私を相手にしなかったのはなぜか。

この本の著者さんとはちがって、私の苦しみなんて見てなかったし、
病気を「治す」という、お医者さんとしての職務に忠実だった、それだけ。
私が拗ねることなんてなかったんですよね(^^;)


お医者さんは、治し方のわからない症状を未病として「病気」だとは見なさず
だから自分の仕事の範疇だとは思わないんでしょう。

よく考えてみれば、無理もないですよね。
ホントその通り。

「病気や症状のことを相談するならお医者さん」と思っていた私は、
その思い込みで、助言を乞う相手を単に間違えていただけなのでした(笑)


だから、健康な私はお医者さんにもう何も聞くことはないし、
自分でも考えない。

この、私を時々苦しめる症状が
病気なのかなんなのか、そんなこともうどうでもいい。


それよりも、
私と「世間の普通」とのギャップが私にとってどんな意味を持っているのか

(糖質制限などという非凡な食習慣を14年もやってる「変人」の私が、
今更「世間の普通」なんて気にしてるのか…と笑っちゃいますが)

改めて自分の心を見つめて、

「普通ってなんなんだろう?誰が決めたの?」と自分に問い直し
自分自身で作ってしまった「世間の普通」という名の檻から出て、

私の「普通」、私が決める幸せな生活の「普通」の観念を
築いて行く。

今は、それをただ単純に楽しもうと思っています。
(それが実は正解だったりしてネ!笑)


Posted on 2016/05/11 Wed. 13:35 [edit]

category: 日記

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11

どうもね、ありがとう 

糖質制限と関係ない記事なんですけど…(^^;)

なんか、こういうのもいいかなって気がしたので
書き残してみます。


カテゴリは、やっぱり「日記」ですかね。

糖質制限で治せたらいいな、と
希望を抱いている私の「心身症」のことです。

そう診断される前から現在までを、
なんだか最近になって、振り返ってみたくなってるこのごろです。



なんの病気かわからないで、いろんな検査を受けていた
(今から思えばまったくの無意味な治療も受けていました)
2007年から、

こうして、紆余曲折の道のりを
振り返っている現在まで
長期的に経過を眺めると、

私を何年も悩ませて来たこのいろんな
「心身症」
と呼ばれる症状は、
間違いなく寛解に向かっているように見えます。


実際、西洋医学の薬が
東洋医学の漢方薬にとって変わりましたし、

深夜救急に駆け込むような強い症状が起きていた頃が、うそみたいに
心も身体もすごく楽です。

今は、
日常生活におおむね支障はないが、日によって体調が良くない
という程度にまで改善しました。


「認知行動療法」のおかげで、
物事に対する考え方・とらえ方を
気が楽な方、合理的な方に変えることができました。
(そもそもなにを以て合理的とするのか、気が楽ってどういうことか、から考え直しました)

そして、自分の「思考」をいったん脇に置いて
「感覚」にフォーカスすることで、
私がどう「思う」かじゃなく、私がなにを「感じ」ているのか
そちらを大切に扱うようになり、

今までの「思考する自分」ではなく
「感じている自分」で生きるようになりました。


こっちの方が、どうしようもなく「自分」なんですよね。
思考なんて環境次第でいくらでも変わっちゃうし。

そこ行くと、感覚はうそがつけません。
くさい臭いを嗅いだら即逃げ出しますよ(笑)
まさかいい香りだとは、とても思えないし(^^;)

感覚にうそをつかずに生きるって、ホントに
「私って生きてる」「私、生き物なんだ」って感じです。


でも、それをいつわらせるのが「思考」なんですよね。

特に、人間関係の中で
うまくやって行こうという「思考」がはたらくと
感じとっていることを押し殺します。
ある時は意識的に、ある時は無意識に。

なにかを感じている、その自分のリアルを否定し
現実から逃避しているんです。

まあ、それだけなら別にたいしたことにはならないと思いますが…。


「心身症」って、たぶん
思考による感覚の押し殺しが積み重なって
ある時、症状となってあらわれる…そういうことなんじゃないかと。


もしかしたら心身症になる人って、
この押し殺しがすごく上手にできちゃう人なのかも知れない。
できちゃうから、当然のようにやっちゃってただけで
こうなる自覚は全然無くて。

でも、つまらない症状のせいで生活が不便になったり
やりたいことができなくなるくらいなら、
感覚の押し殺しが苦もなくできちゃうとしても
自分の感覚を麻痺させてまでは、やらないほうがいいねと
今は思います。

それ、案外余計なことかも知れないんですよね。
やめてみてわかりました。


そんなに人にいい顔してなくても、
いつもお行儀良く、遠慮深くとかしこまっていなくても、
時には正直に「いえ、実は嫌いです(笑)」なんて言っても、
別に…全然、人間関係はぎくしゃくしないし、

却って、そう正直にしていると好かれることもあるとは!と驚いたり。

想像と逆で、別に困ったことにはなりませんでした(*^-^*)


思考よりまず先に感覚を拾うようになってから、
いい人でいようとか、そつなくこなそうとか
期待に応えようとか
外へのフォーカスの偏りが少なくなって
そのぶん内へのフォーカスに振り分けられて、

つまり、その状態のことを
「気が楽」というのだと知りました。

人様を尊重すると同時に、自分も平等に尊重していて
うまく釣り合いがとれている状態だから楽なんですね。


そして、ようやく昨年あたりから
「感じている自分」のままでいることに
人前でもだいぶリラックスして
自然にいられるようになってきました。

多少ぼんやりしていますけど(笑)
元から気が利かないのが、ますます利かなくなったし(^^;)
(でも、その代わりに他の人がちゃんとエスコートしてくれるから大丈夫)


だから、この記事のタイトル。

感覚を大事にして生きている私の
その感覚を、
一緒に大事にしてくれて
好きと言ってくれて
友達でいてくれて

「どうもね、ありがとう。」

ごめんね、ではなく
ご迷惑おかけします、でもなく

素直にお礼の言葉が出て来ます。
ただただ、単純に、嬉しい。
感覚の私、素の私を好きになってくれることが。


もっともっと、この私の「感覚」を尊重してあげたい。

そうすると、私を取り巻く世界から
同じように尊重してもらえる。

症状すらも、笑ったり泣いたりするのと同じ
「生き生きと生きている」ことの証に思えてくる。
だからもうそんなの、どーでもいい(笑)とか言っちゃったりする(^^;)


50歳から開けた、思いがけず新しい世界。目にうつるすべてが新鮮。
このままゆったりと、行こうと思っています。


Posted on 2016/04/02 Sat. 18:00 [edit]

category: 日記

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02

私のスタンディングデスク 

今年の2月は、29日まで。
一日多いんですね!

今朝気がついた時、
なんだか、今月もう1回
ブログを更新できるチャンスをもらったみたいな気がして(笑)

最近のこと、書いてみます。



以前、夏井先生のサイトで拝見した
スタンディングデスク。

骨盤矯正に通っている時に聞いた
「立っているほうが腰にはやさしい」という話も気になって
好奇心から試してみたくなり、

自分で工夫して、棚板の高さを変えて
棚の一部をスタンディングデスクにして
昨年の夏から使っています。


151215-2.jpg


ご覧の通りちょっと狭いのですが、
一日のうちで一番時間をかける
製作作業専門の机です。


これが思った以上に快適なので
PCも製図作業も立ってしてはどうかと
思うこともあるのですが、

配線の都合や
棚板の大きさがネックになって
実現できずにいます。


でも、ホントいいですよ!
まず腰痛にはならないし。

(PCの前に座って長時間ゲームにかまけていると、すぐ腰に来るんですけどね・笑)


人の身体って、立っているだけでも
座っている時より運動になるらしいですね。

今の季節、お外にウォーキングも行かないし
家の中でおとなしく過ごす日が続きがちなので、
少しでも運動になるならもうけ物です(*^m^*)


最近はわずかながらも春を感じるようになって来たので、
運動したい気持ちがソワソワ。


寝る前のまったりする時間には
ディスカバリーチャンネルで録画した
宇宙関連ドキュメンタリーの美しい銀河のCGなど眺めつつ、

ゆるゆるとストレッチや軽い筋トレをして
自然な眠気がやって来たら、オヤスミナサ~イ☆

そんな夜の過ごし方が
とっても幸せ…な、このごろです(*^-^*)


ホントは、早くウォーキングに行きたいですけどね♪
春が待ち遠しい!

(と、いうわけで…この記事を更新したら、さっさとPCの前から離れます・笑)


Posted on 2016/02/29 Mon. 17:04 [edit]

category: 日記

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29

脱・吸湿発熱繊維その後 

すっかりご無沙汰しておりますm(^^)m


おかげさまで何事も順調に
いいリズムが途切れないで進行しているので
その波に乗って脇目もふらず集中していたら、

いつの間にか1月が終わろうとしています。
えっ?!もう?!( ̄□ ̄;)


師走って、他の月よりも1ヶ月が早く過ぎる感じがしますが。

なぜか年が明けてもまだ、その速度感のままで…。


昨年の師走から
日が経過して行く早さの感覚が増したままな感じが続いています。

やっぱり、年のせいなのかな~(^^;)


でも、振り返れば
あれも順調、それも計画通り、
こっちは予想より早い展開でさくさく進行中。

みっちりと毎日やることやってるんですよね。

ぼんやりしてたら時が過ぎちゃった、というわけではなかった(笑)


そして、ふと
「1月が終わる」と気付いて
慌ててブログを更新しようと思いました(^^;)

(広告が出ちゃうもんね…)



さて。

この冬から、「脱・○ートテック」している私です。
あいかわらず、コットンやウールの服で毎日を過ごしています。

今日もオックス地のシャツの上にボアのフード付きベストという
服装です。


○ートテックに代わって、この冬新しく取り入れているのは
大きめのキルティングの中に羽毛の入ったスカートです。

羽毛と言っても、ホントにうっすらとしか入ってないのですが、
却ってそれがいいんですよ♪


ホントは、レギンスとかの上にはくオーバースカートなんだと思いますが、
私は普通の巻きスカートとしてはいてます。
膝上10cmで、部屋着としてはちょうどいいミニスカートです。


薄くてシャカシャカっとした、ポケットレインコートみたいな生地の
巻きスカートなんですけどね。
これが、暑苦しくなくもちろん寒くもなく
ちょうど良い♪

上も下もと全身着込むと暑いし
肩もこりますが、
腰だけを保温しているので
着ている感覚がとても軽いです。

床暖房のリビングの室温が、いつの間にか20度以下に下がっているのに
全然気がつかない程寒さを感じません(*^-^*)


腰だけだけど保温してみて、
いかに

「女性は下半身を冷やしてはいけない、温めるべき」

ということが正しかったか
痛感しています。

嬉しいことに、
ピル治療を始めてもまだ時折あった
月経困難症の頭痛が
このスカートをはくようになって以来
ピタッと起きてないんです!!(≧∇≦)

ピルよりも、実は身体を温めるほうが先決。
そのほうがずーっと効果があるってことなのでは…?


たまに思い出して
フリースのジップジャケットを着てみたら、

しばらくすると暑くて落ち着かない(笑)

着始めはいいんだけど、
食事を食べ始めるともう脱ぎたくなるんです(^^;)


どうやら、コットンのブラウスやシャツの上には
袖のない服がいいみたい。

袖があると体温調節を邪魔するみたいですね。


脱・○ートテックをしてみてわかった
「私の身体の声」です。

もっともっと、身体の声の通りにしてあげて
心地よく毎日を過ごせるように
これからも試行錯誤を続けます♪d(^ー゚*)


Posted on 2016/01/30 Sat. 12:00 [edit]

category: 日記

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