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棗のブログ

軽やかに、楽しく糖質制限

主食って、主たる食べ物? 

日本で「主食」と言えば、それは普通ごはんとかパンのことですよね。
私は圧倒的にお肉・お魚・卵なんですが…それはさておき。


また古い話を…と思われるかも知れません(^^;)
90年代に、記録的な冷夏の影響で「米不足」という社会現象がありました。

当時私は北海道に住んでいて、周囲の人々が
「ブレンド米」
という国産と外国産のお米の混ざったものしか手に入らない状況下で
「いかにして、このストレスと闘うか」
と、眉間にしわを寄せながら話し合っていたことを憶えています。

以前の記事にも書きましたが、私はパン食で育った人間なので
食生活にお米が無くても全然平気です。

当時もそうでした。
「パンがないならお菓子を食べればいいじゃないの」ではありませんが(笑)、
「お米がないならパンでもおうどんでも、パスタでもいろいろあるじゃないの」
と、仲間内では私だけ「お米無しストレス」と無縁の生活でした。

今から振り返れば、問題はその背後にもっと根深いものがあったのですが…。


実際、そのみんながいやがる「ブレンド米」しかお米屋さんに並んでないし
その年だけお米が無いだけだと言われていましたから、
その夏はお素麺やパスタを茹でて、お米は買わず
北海道なので秋からはじゃがいもも食べて、
いつものようにパンも食べて過ごしました。

「よく考えてみれば、お米より小麦の不作の方が私には困るわ」
と思っていました。


結局、私はその悪評高い「ブレンド米」をまったく食べないまま、米不足騒動は終わりました。

あの出来事がきっかけで、みんなが「食糧自給率」について
まじめに危機感を感じたのではないでしょうか。

「お米に大きく依存している」という人々は煮え湯を飲まされた出来事だったとはいえ、
これが小麦粉でも、あるいは穀類以外のお肉やお魚でも、
なにかひとつの食材に「大きく依存している」って、危ういですよね。

食生活に穀類が存在しない私でも、
「これが無いと私ダメ」
という食品があるとしたら、当時米不足で恐々としていた人々と
危うさはなんら変わりません。


自分を省みて、そんな食品があるだろうか?と考えた時。

そこまで愛着を強く感じているものって、無いかも…?と気付きました。

逆に言えば、穀類という食品は、愛着を強く感じやすい食品なのかも知れないですね。
穀類は糖質を多く含む食材で、糖質には依存性があるからです。
当時も、「よくごはんの無い生活ができるよね~」と感心されてました。

今は食べないと決めているから、ごはんどころか穀類全般が無い生活ですけれど…。


でも、私が穀類を食べていなくても、
私が食べているお肉、豚さんや鶏さんは食べてます。
結局、穀類が不足すると困るのは、私も同じなのです。

私の好きな豚肉のブランドに、国産米で育てているものがあります。
もしまた記録的な米不足が起きたら、売られなくなってしまうお肉でしょう。

たとえ、売られなくなる状況が発生したとしても
他に代わる食品の選択肢が多ければ多い程、危うさは低くなります。

お肉やお魚、卵などの、私が普段「主食」にしている食材が
依存を引き起こすようなものでなくて良かった…と思います。
幸い、他に代わりはいくらでもあるからです。


やってみるとわかりますが、糖質制限は血糖値の上下による強い食欲から解放されて
空腹がしんどくなくなりますので、食事する・しないは食欲に支配されにくく
生活の自由さの幅が拡大する食習慣です。

それだけ融通が利く上に、食べる食材の種類も豊富に代替が可能で、とらわれません。

依存性の有無。
これが、環境による変化に対して強いか弱いかを決める
鍵になっているのかも?
そんなふうに感じます。


どんなときでも、食事は本来楽しいことだし、幸せなことですよね♪

幸せだーっ!っていつまでも大喜びしていられるように、
環境も、自分の健康も、平穏無事であって欲しいです(*^-^*)
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Posted on 2014/01/24 Fri. 16:50 [edit]

category: 糖質制限

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