05 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

棗のブログ

軽やかに、楽しく糖質制限

聖週間に思う 

私の住む地域では、すっかり桜が咲いて、いつもより早いお花見シーズン到来です。


そして、今年も聖週間に入りました。イースターのお祝いまで、あと少し。
主の御復活にあずかって新しく生まれるために、
心を込めてていねいに今週を過ごします(*^人^*)


始めに
「世の中にはいろいろな考え方があるものだ」
という現実を念頭に置いた上で、

「イヤゲモノ」
という言葉についての考察をしながら、
「感謝の喜びを伝えること」について考えてみますね。


「イヤゲモノ」の意味を知った瞬間、
その言葉に衝撃を受けて愕然としたのを覚えています。

誰かが自分に宛ててプレゼントしてくれた物を、
なぜ、どうして疎んじられるのでしょうか??
何をもらってもとびはねて喜ぶ単純な私には理解できない事情が、
世の中にはあるんでしょうか??

ものを手作りする人間としても、
この言葉の持つ意味に傷ついたのを覚えています。
それに、過去に自分が嬉々として
「イヤゲモノ」
をお贈りしていたかも知れないと思ったら、
大変だ!という不安と同時に涙が出て来ました。
どうしよう、ごめんなさい…と。


「イヤゲモノ」は、おしゅうとめさんからおよめさんにとか、
家族の間でとか、
そういう場面でよく出現すると聞きました。
ということは…その言葉が存在する意味がわからないのは、
私に家族というものがずっとないからでしょうか??

私には家族がありません(親代わりの神父様と「心の家族」は、大人になってからできましたが)。
でも決して不幸ではないですよ。
沢山のステキな、楽しい優しい人々がいてくれて、
いつでも見守られていて、嬉しいしとても幸せです。

今も、そしてこれまでも、ずっと幸せでしたし、
ホントにありがたいと思ってます。
私がいつも気楽にニコニコしていられるのは、
周囲で仲良くして下さる人々が、
日々「思いやり」や「友情」という贈り物をふんだんに下さるおかげです。
このとうとい贈り物がなかったら、弱虫の私のこと、
ひとときでも立っていられないに違いない、と思います。

いつも脳天気で明るい、楽しい気持ちでいられるのは、
私に関わって下さる人々の存在あってこそと確信します。

ちょっと弱音をはいたり、元気なさそうな顔をしていると、
周囲の人々が優しい声をかけてくれたり、
笑わせてくれたりして、
途端に元の明るい楽しい気持ちに戻れるように、助けてくれます。

明るい楽しい気持ちでいることの恩恵って、本当に大きいし、
その気持ちを支えて下さる周囲の優しい人々は
温かくて、本当に素晴らしい人々です。


その、明るい楽しい気持ちでいることが、
私が何をもらっても
キャー!ありがと!って
手放しで喜べる理由なのではないか…?と感じます。

ということは、もしかしたら、
「イヤゲモノ」
という感覚を持つ人は、
正反対の暗くつらい気持ちを心のどこかに抱いている…??

そんなに事は簡単に説明できるものじゃないかも知れないですが…。

でもプレゼントに感謝できない時って、
そんなふうに心が閉じている時なのかも知れませんね。
或いは、
そのプレゼントの中に込められている、
贈り主の方の「まごころ」が、
なんらかの理由で見えなくなっている時だったり?

確かに、自分に自信を失っている時には
「こんな私には過分な、ステキな物を下さって、なんかごめんなさい」
みたいな変な申し訳ない気持ちになったりした事あるし。
やっぱりこれも「心が閉じている」せいですよね。

「心が閉じている」という状態は、
ひとりよがりに自己中心になっているという状態。
それはさみしいし、誰ともつながれないし、居心地良くないし。
周囲の人のせっかくの好意を、無にしてしまう。
いいことひとつもない。
なによりもそれは楽しくない!

だけど、私は時として、
長年自分が抱えているこの「病気」という課題に対して、
悲しく暗い気持ちにとらわれてしまいます。
そんな状態から立ち直るきっかけは、決まって周りで起きる出来事。
誰かやなにかが、
うなだれている私に希望を思い出させてくれて、
ふっきれた気持ちになれて、
またまっすぐ前を見ることができます。

その時いつも思い出します。
その「誰か」や「なにか」を私に贈って下さった神さまのことを。


神さまは、私が祈っている時だけでなく、
神さまをうっかり忘れている時でも、
関係なく、ちゃんと見つめて下さっていて、
的確な助け船を逐一送って、
私がそれに早く気付くようにと、あらゆる手段で促して下さいます。

暗い気持ちから、そのことを感謝できないときでも、
構わずに助けよう、教えようとして下さいます。


私は神さまのようにパーフェクトじゃないから、
大切に思う周囲の人々にプレゼントをしたら
「イヤゲモノ」
になっちゃうかも知れないけれども、
それを恐れていたらプレゼントはできないですよね!

感謝の気持ちを捧げることは、
呼吸をするように生きる上では自然なこと。

願わくは、
私のささやかな、気軽な或いはありったけの思いを込めた贈り物が
たとえ歓迎されないにせよ、どうにか
「笑って許してもらえるもの」
どまりでありますように…(≧人≦)


神さまはきっと、
人間が捧げる感謝の贈り物は、なんであっても
「イヤゲモノ」
とはお呼びにならないだろうなあ…と思います。
だって、神さまには人間は誰でも、
愛して止まない大切なこどもだから。


「人間という存在のか弱さ・儚さ・愚かさを、ありのままに受け入れ、赦す」
今年の四旬節の、個人的なテーマです。


地上に生きるすべての人々が、お互いを赦し合えて、
笑顔になれるといいですね(*^-^*)
その日が来るのを夢見て、私も新しい春に備えなくちゃ…☆


皆様にもピカピカの新しい春が、沢山の喜びを携えてやって来ますように!
スポンサーサイト

Posted on 2013/03/26 Tue. 16:38 [edit]

category: 日記

TB: --    CM: 0

26

コメント

Comment
list

コメントの投稿

Secret

Comment
form