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棗のブログ

軽やかに、楽しく糖質制限

「世間の普通」とのギャップが意味するもの 

更新しないとそろそろ広告が出ちゃいますので、慌てて記事書きます(^^;)


新緑の季節になってますね!
もうお出かけが楽しくて楽しくて、仕方無いです!(≧∇≦)

どこへ行っても花、花、花!
そして爽やかな風…( ̄∀ ̄*)


春にデパートで見つけた「桜香る緑茶」というのにはまって以来、
桜がとっくに散った今でもまだリピートして飲んでいます。

桜餅の葉っぱそっくりな香りがする緑茶なんです♪

これをきっかけに、緑茶のおいしさに目覚めました。


緑茶って煎れ方に手間がかかりますよね。

抽出時間が1分とあっという間だし、
湯冷ましを使って、せっかく沸騰しているお湯の温度を下げたり(笑)、
普段紅茶を飲んでいる身には、ちょっと抵抗が(^^;)

その、普段の習慣とのギャップとめんどくささを乗り越えて、
紅茶やコーヒー、ハーブティとも違う緑茶の多面的な味わいを
日々楽しんでいます♪



前回の記事で、
「過去を振り返るのがどうでもよくなって来た」
と書きました。

その傾向、相変わらず…いえ、加速しているような気すらします。


このブログは、主に私の
「糖質制限をして来た過去」を振り返りながら書いて来ましたので、
それで最近は記事を書けなくなっちゃってるのかなあ?と感じていたのですが、

(そうそう、それに症状の変遷についても)

実はそれは、糖質制限だけでなく日常のあらゆる物事を
私が過去とはちがう新たな視点で見るようになっていることの
当然の結果なのです。

具体的にどうちがうかは、うまく表現できないのですが…。


自分がどんどん変化している。
それに気付かせてくれたのは、この本の中で出会った
いくつかの言葉でした。


「血流がすべて解決する」
堀江昭佳



私は若い頃によく「瘀血」と言われていたので
おそらく生まれ持った体質がそうなのでしょうが、

糖質制限を初めて以来、血液検査の値が別人のように良くなり
頬の血色も良く、手も温かくなって代謝も上がりました。
生理痛もPMSも冷え性も低体温も、全ー部!お別れしました。


それでもまだ、細かいけちをつければ
フェリチン値が低めだとか
月経困難症の頭痛に当帰芍薬散を勧められて飲んでいるとか
(この漢方薬は「駆瘀血剤」なんだそうです)。

この「当帰芍薬散」が、めざましく効くんですよ…!
それで超低容量ピルを思い切って断薬したんですが。


この結果をみて、

やっぱり私の体調不良の原因、大元の根っこは
「瘀血」
なんじゃないかと。

どこも悪くないのに、いろいろにかたちを変えてやって来る不調は
「瘀血」を放置しているからかも。

糖質制限でも解消し切れない、あと一押し。


これは、普通の人と同じように生活しているだけでは
私の場合バランスが取れないということに
今まで気付けなくて、

若い頃からいろんなかたちで続いてきた不調は
いったん糖質制限で大きく改善されたものの、
その隙をかいくぐって届く
「瘀血に配慮して!」という身体の訴えに思える。


なんだか、次々と消えては現れる不調に付き合い続けることに疲れて
(というか飽きて・笑)

もうこれで終わりにしよう…気が済んだわ

と、やっといい意味での「あきらめの心境」になれました(^^;)


結果はどうあれ。

今後は、もう「瘀血」を改善することだけ淡々としよう。
症状を無くすために新しいことをあれこれと試すのではなくて。
(そりゃあもうありとあらゆることを試して来ましたからネ~!笑)

それで症状が無くならないとしても、もういいや( ̄∀ ̄)

完全に無くならないとしても、
既にほとんど生活の邪魔にならない程度にまで良くなったのだから。
どっちでもいい。

それより、生きていることを楽しみたい♪
お花いっぱい見に行ったりとか!(*^-^*)


そんな気持ちに、絶妙のタイミングでやって来てくれた
前述の本。

あとがきの一文に、はっとしました。


誰しも、病気や症状だけに苦しんでいるのではありません。
病気や症状のある自分と「世間の普通」とのギャップに苦しんでいるのです。



そして、第7章のこの言葉も。

社会的に「普通」「常識」と思われることができないときに、ひとはとても苦しみます。
自分自身は何も変わっていないのに、社会の中心から押しやられたようで、
とても孤独になります。



それと、随所に見られる
「あなたが悪いせいではありません、正しい方法を知らなかっただけなのです」
という言葉にも心が癒されました。


漢方薬剤師であるこの著者さんは、この本で

身体の不調だけでなく、本人の抱えている常識や執着による
束縛からの「心の解放」をゴールにしている、と書かれています。

病気や症状のその先のことが気になると。
治すこと自体よりも、
治したその先にある夢や目標を叶えていくことが、
からだの症状に苦しむ人の、本当の目的なのだと。

単に「治すこと」だけを目的としているお医者さんなら
こんなこと言いませんよね。


かつて私が「お医者さんなんか頼りにしない」と拗ねてしまったのは(笑)、
「病気だ病気だと言っているから、病気になるんです」
なんて言われて、相手にしてもらえなかったからです。

今でもお医者さんは頼りません。
どうせ「素晴らしい健康体です」ってほめられて終わりだから(笑)


今なら理解できます。
お医者さんが私の症状を治す方法がわからなくて
私を相手にしなかったのはなぜか。

この本の著者さんとはちがって、私の苦しみなんて見てなかったし、
病気を「治す」という、お医者さんとしての職務に忠実だった、それだけ。
私が拗ねることなんてなかったんですよね(^^;)


お医者さんは、治し方のわからない症状を未病として「病気」だとは見なさず
だから自分の仕事の範疇だとは思わないんでしょう。

よく考えてみれば、無理もないですよね。
ホントその通り。

「病気や症状のことを相談するならお医者さん」と思っていた私は、
その思い込みで、助言を乞う相手を単に間違えていただけなのでした(笑)


だから、健康な私はお医者さんにもう何も聞くことはないし、
自分でも考えない。

この、私を時々苦しめる症状が
病気なのかなんなのか、そんなこともうどうでもいい。


それよりも、
私と「世間の普通」とのギャップが私にとってどんな意味を持っているのか

(糖質制限などという非凡な食習慣を14年もやってる「変人」の私が、
今更「世間の普通」なんて気にしてるのか…と笑っちゃいますが)

改めて自分の心を見つめて、

「普通ってなんなんだろう?誰が決めたの?」と自分に問い直し
自分自身で作ってしまった「世間の普通」という名の檻から出て、

私の「普通」、私が決める幸せな生活の「普通」の観念を
築いて行く。

今は、それをただ単純に楽しもうと思っています。
(それが実は正解だったりしてネ!笑)


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Posted on 2016/05/11 Wed. 13:35 [edit]

category: 日記

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