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棗のブログ

軽やかに、楽しく糖質制限

どうもね、ありがとう 

糖質制限と関係ない記事なんですけど…(^^;)

なんか、こういうのもいいかなって気がしたので
書き残してみます。


カテゴリは、やっぱり「日記」ですかね。

糖質制限で治せたらいいな、と
希望を抱いている私の「心身症」のことです。

そう診断される前から現在までを、
なんだか最近になって、振り返ってみたくなってるこのごろです。



なんの病気かわからないで、いろんな検査を受けていた
(今から思えばまったくの無意味な治療も受けていました)
2007年から、

こうして、紆余曲折の道のりを
振り返っている現在まで
長期的に経過を眺めると、

私を何年も悩ませて来たこのいろんな
「心身症」
と呼ばれる症状は、
間違いなく寛解に向かっているように見えます。


実際、西洋医学の薬が
東洋医学の漢方薬にとって変わりましたし、

深夜救急に駆け込むような強い症状が起きていた頃が、うそみたいに
心も身体もすごく楽です。

今は、
日常生活におおむね支障はないが、日によって体調が良くない
という程度にまで改善しました。


「認知行動療法」のおかげで、
物事に対する考え方・とらえ方を
気が楽な方、合理的な方に変えることができました。
(そもそもなにを以て合理的とするのか、気が楽ってどういうことか、から考え直しました)

そして、自分の「思考」をいったん脇に置いて
「感覚」にフォーカスすることで、
私がどう「思う」かじゃなく、私がなにを「感じ」ているのか
そちらを大切に扱うようになり、

今までの「思考する自分」ではなく
「感じている自分」で生きるようになりました。


こっちの方が、どうしようもなく「自分」なんですよね。
思考なんて環境次第でいくらでも変わっちゃうし。

そこ行くと、感覚はうそがつけません。
くさい臭いを嗅いだら即逃げ出しますよ(笑)
まさかいい香りだとは、とても思えないし(^^;)

感覚にうそをつかずに生きるって、ホントに
「私って生きてる」「私、生き物なんだ」って感じです。


でも、それをいつわらせるのが「思考」なんですよね。

特に、人間関係の中で
うまくやって行こうという「思考」がはたらくと
感じとっていることを押し殺します。
ある時は意識的に、ある時は無意識に。

なにかを感じている、その自分のリアルを否定し
現実から逃避しているんです。

まあ、それだけなら別にたいしたことにはならないと思いますが…。


「心身症」って、たぶん
思考による感覚の押し殺しが積み重なって
ある時、症状となってあらわれる…そういうことなんじゃないかと。


もしかしたら心身症になる人って、
この押し殺しがすごく上手にできちゃう人なのかも知れない。
できちゃうから、当然のようにやっちゃってただけで
こうなる自覚は全然無くて。

でも、つまらない症状のせいで生活が不便になったり
やりたいことができなくなるくらいなら、
感覚の押し殺しが苦もなくできちゃうとしても
自分の感覚を麻痺させてまでは、やらないほうがいいねと
今は思います。

それ、案外余計なことかも知れないんですよね。
やめてみてわかりました。


そんなに人にいい顔してなくても、
いつもお行儀良く、遠慮深くとかしこまっていなくても、
時には正直に「いえ、実は嫌いです(笑)」なんて言っても、
別に…全然、人間関係はぎくしゃくしないし、

却って、そう正直にしていると好かれることもあるとは!と驚いたり。

想像と逆で、別に困ったことにはなりませんでした(*^-^*)


思考よりまず先に感覚を拾うようになってから、
いい人でいようとか、そつなくこなそうとか
期待に応えようとか
外へのフォーカスの偏りが少なくなって
そのぶん内へのフォーカスに振り分けられて、

つまり、その状態のことを
「気が楽」というのだと知りました。

人様を尊重すると同時に、自分も平等に尊重していて
うまく釣り合いがとれている状態だから楽なんですね。


そして、ようやく昨年あたりから
「感じている自分」のままでいることに
人前でもだいぶリラックスして
自然にいられるようになってきました。

多少ぼんやりしていますけど(笑)
元から気が利かないのが、ますます利かなくなったし(^^;)
(でも、その代わりに他の人がちゃんとエスコートしてくれるから大丈夫)


だから、この記事のタイトル。

感覚を大事にして生きている私の
その感覚を、
一緒に大事にしてくれて
好きと言ってくれて
友達でいてくれて

「どうもね、ありがとう。」

ごめんね、ではなく
ご迷惑おかけします、でもなく

素直にお礼の言葉が出て来ます。
ただただ、単純に、嬉しい。
感覚の私、素の私を好きになってくれることが。


もっともっと、この私の「感覚」を尊重してあげたい。

そうすると、私を取り巻く世界から
同じように尊重してもらえる。

症状すらも、笑ったり泣いたりするのと同じ
「生き生きと生きている」ことの証に思えてくる。
だからもうそんなの、どーでもいい(笑)とか言っちゃったりする(^^;)


50歳から開けた、思いがけず新しい世界。目にうつるすべてが新鮮。
このままゆったりと、行こうと思っています。


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Posted on 2016/04/02 Sat. 18:00 [edit]

category: 日記

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