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棗のブログ

軽やかに、楽しく糖質制限

銀の靴の踵を三回 

「オズの魔法使い」を元にしたパロディのアニメを見たのがきっかけで、
原作はどんなお話だったかな?と気になり、先日図書館で借りて、読んでみました。

オズの魔法使い (福音館古典童話シリーズ 28)オズの魔法使い (福音館古典童話シリーズ 28)
(1990/06/30)
ライマン・フランク・ボーム

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児童書好きの私ですが、「オズの魔法使い」は小学生の時に読んで以来です。

おおまかな内容は、
竜巻でカンザスから愛犬と共に家ごと飛ばされたちいさな女の子ドロシーが、
たどり着いたオズの国で出会った奇妙な友人達と、
それぞれの目的を果たすため広大なオズの国を旅する、というものです。

こども向けの奇想天外なファンタジーでありながら、大人になってから読んでも、
示唆に富む人生哲学をここかしこに見出すことができます。
でもそれは堅苦しさよりも、陽気でポジティブで「いろいろあるけど人生っていいなぁ」と
楽しい気分にさせてくれる性質のものです。


その中で、今の私にとって一番自省を促されたのは、
ドロシー、犬のトト、わらのかかし、ブリキのきこり、臆病ライオンという旅の一行の中で、
夜になって眠るのはドロシーとトトとライオンで、
かかしときこりは眠らずに、いつも朝まで突っ立っているという箇所でした。

生身の身体ではない、わらづめのかかしと、ブリキのきこりは、
眠ったり食べたりすることがありません。

このお話を読んでいると、何度も一行は夜を迎えて、
ある時は森で野営、ある時は城の豪華な客室で眠るシーンが出て来ます。
この時、かかしときこりはすることもなく朝まで立って時間をつぶすのです。

読んでいる私としては、ちょくちょく休むドロシーやライオンを
「生身の者はこんなに休まなくちゃならないんだから、そのぶん旅が遅れるなあ」
と感じてしまったのですが…そんな自分に気付いた時、おかしいと思ったんです。


20代の頃、朝から深夜まで仕事しかしていなかった私は、

「24時間の中の眠ったり食事したりする時間を、仕事や遊びに使えたらいいのに。
どうして人間って眠ったり食べたりしなきゃならないんだろう?
もしも1粒飲んだら6時間眠ったことになるとか、
ひとかけら食べたら3食ぶんの食事になるようなドラえもんの道具があったら、欲しいなあ」

などということを考えていました。

今なら、あきれてものも言えないですが(笑)

20代からこんな考えをしていましたから、休息や栄養バランスなどに注意を払わず、
いつも身体のどこかが悪くて、常にだるくて仕方なかったです。
そして生身の身体を機械扱いした報いのように、まだ40代という働き盛りで
リタイア同然の状態になるまですり切れてしまったわけです。

パニック障害にかかって、それまでの仕事人生を猛省し、
眠ったり食べたりこそが大切なのだ、という「生身の身体を自覚して生きる」という人生を
途中からやり直すことになりました。

つらかったとはいえ、本当の、生身らしい、人間らしい生き方を病によって取り戻すことができたのは、
実はものすごくラッキーで、ありがたい、幸せな出来事だったと思っています。


荒涼としたカンザスの田舎から、美しい魔法の国オズに飛ばされても、
なお「カンザスに帰りたい」と熱望して危険な旅を続けるドロシー。
本来の話の流れでは、「ふるさとが一番」という教訓を与えてくれますが、
今の私にはさらに踏み込んで、

オズがどんなに美しく豊かな国でも、自分が属する世界に戻って生きたいと願うように、
機械のように不眠不休で思うままに自由に行動できなくても、生き物としてのあたりまえを受け入れ、
自分の中に息づく「いのち」をいつくしんで生きたい。

そんな心の叫びを改めて気付かせてくれる箇所でした。


眠くなったり、おなかがすいたり、汗をかいたり、風邪をひいたりする生身の身体。
笑ったり、ほのぼのしたり、心細くなったり、泣いたり、憧れにときめいたりする生身の心。

かかしは、自分は脳無しのわらづめだと言うわりには
なかなかのアイディアマンだってことに気付いてないし、
きこりだって心臓を持たないブリキの身体だから、愛と親切心を持つことができないという
劣等感に支配されているけど、だからこそ余計にデリケートに相手と接するのです。

却って、そのことでステキなキャラクターになってますよね(*^-^*)

そんな、わらづめのかかしとブリキのきこりが欲しくてたまらない両方を持っている私は、
「生身であること」をもっと大切に見つめたい、
「生身であること」をもっと愛したい、と思うのです。
「いのち」は限りがあり、いつの日かこの世を去る日がやって来るのだから。

「生身の身体・生身の心」として生きる人生を下さった神さまに、
あふれる感謝を添えて、天国で良い報告ができるように。

この人生はとても楽しかったよ…!とね(*^▽^*)b


オズに到着したばかりの、物語の序盤のうちに、ドロシーが手に入れていた
銀の靴。
この本来の使い方さえ知っていたなら、手に入れた時点で即カンザスに帰ることも可能だったけれど、
それを知らなかったからこそ、行きがかりの友人達に素晴らしい人生をもたらすことができたし、
つらい旅だったとはいえ多くの経験と学びが得られました。

銀の靴の踵を三回打ち鳴らして、いつでも、生身の私が生きるにふさわしい本来の人生に戻れます。
それを知ることができたことに、しみじみと感謝です(*^-^*)
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Posted on 2014/06/05 Thu. 10:10 [edit]

category: 日記

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