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棗のブログ

軽やかに、楽しく糖質制限

糖質制限推進の本当の敵 

2002年4月に糖質制限に出会って、単なる気まぐれからスタートし、
見る見る大変身を遂げて以来、いつの間にか
糖質制限体験を「お伝えする立場」になって行った私です。

今まで
「おもしろいし楽しいから、やってみたい方にはお教えしますよ♪」
というスタンスで来ましたし、今でもそれは変わりません。

しかし、12年経ってみると、
「病気治療のために」という目的で糖質制限に取り組む方々や、
有効な治療方法として糖質制限を推進する医療関係職の方々が多くおられる
ということを知りました。


私が趣味のつもりで続けて来た糖質制限が、人の命を救ったり
人生のQOLを向上させたりしている…その現実に圧倒されたと同時に、
計り知れない可能性を持つ有益な食習慣という側面が
私の中で大いにクローズアップされて来ました。

12年前の私には、想像も出来ないほどの変わりようです。

そしてこれからも、もっともっと思いがけない未来がやって来ることは間違いないだろうと、
糖質制限をテーマに出版された書籍の発行数によって
確信を抱くことができます。

もはや、一時のブームで終わるなんて段階ではないのでは…?

反論もありますが、反論される機会が多ければ多い程、正当性を主張する好機になりますし、
それだけ推進する立場の方には有利なのですから。

反対派様々かも知れないですね(*^-^*)


私はTVを(ディズニーチャンネルしか)見ない人間なので(笑)、
糖質制限をめぐってバトルする番組も見たことはありませんから、
その様子は人から伝え聞くだけですが、見なくても大いに納得です。

糖質制限の有用性に確信を得ている人なら誰しも、
反論する人に対して大げさに激高する理由なんて、見当たりませんよね。
(激高しているのは反論側だったりするらしいですが)

まあ、視聴者にインパクトを与えるためにはいっそバトルになった方が効果的だとは
私も思います(笑)

糖質制限の恩恵のひとつに
「キレなくなる」
というのがありますが、番組に出ない一般人の私達なら
せっかく糖質制限で心が穏やかになったのですから、
「反論する人」にも「勧めても受け入れてくれない人」にも
おおらかな気持ちで接して差し上げたらどうでしょうね…と、
私は思います。

打開できない時は、自分を見つめ直すまたとないチャンスです。

執着を手放した時初めて、欲しかったものが手の中に飛び込んでくることって
あるものですよね(*^-^*)

本当の敵は、糖質制限反対派の人々ではなく、
「無理矢理にでも人を従わせよう」
という自分の支配欲かも知れないですね。
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Posted on 2014/03/26 Wed. 18:10 [edit]

category: 糖質制限

TB: --    CM: 4

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コメント

 

>「反論する人」にも「勧めても受け入れてくれない人」にも
おおらかな気持ちで接して差し上げたらどうでしょうね…と、
私は思います。

反対する人は放っておこうと、わたしも思っています^^;
どうぞご自分の信じる道を行ってください、わたしはジャマしませんから、だからこちらのジャマもしないでね…という心境です。
でも、勧めても受け入れない人に対しては、ちょっと複雑な気持ちかもしれません。

先日、わたしが糖質制限をなさってみては?とお勧めしていた方が亡くなられました。
失明、足指切断、心筋梗塞など、糖尿病の合併症をたくさん抱えていた方でした。
糖質制限しても大きな改善は難しかったと思いますが、少しでも体調が良くなれば…と、お話させていただいておりました。
ですが結局、食生活をまったく変えないままでした。

お勧めするところまでがわたしの出来ることで、そこから先は踏み込めない領域ですものね。

URL | キジ白猫 #rHat8f7E | 2014/03/26 19:32 | edit

Re: タイトルなし 

キジ白猫さん

コメントをありがとうございますm(^^)m

つらい体験をなさったんですね…。
糖質制限が素晴らしいものであることは、12年間続けて来て私自身理解しているつもりです。

しかし、人は誰でも、自分の人生における選択の自由が保障されていますよね。
非常に基本的であるがゆえに、つい忘れ去られてしまうことです。
人生での選択は当人の自由である以上、その責任も本人しか負えません。
他の人が肩代わりすることはできませんよね。

歯がゆくても、はたで見ていてつらくても、それがいくら善意からでも、誰にもその「人生の選択の自由」を剥奪することはできないし、してはならないことだと思います。
もしその行為を正しいとするなら、同じように自分もまた
「自分が信じる正義をしつこく押しつけることで人生の自由を奪おうとする人」に対して、
文句を言うことはできなくなりますよね。
糖質制限をある種の宗教にしてしまうことではないか、と私は感じます。

自分の人生をどう生きるかは、あくまで個人の自由ですね。
周囲がいくら良かれと思って働きかけても、その人の人生はその人のものです。
結局はその人が自分の責任において決定したことで、その人が正しいと思えばそれは正しいのだと。
だから、どんなに大切な人でも、その人の下した決断なら、私は尊重してあげたいと思います。私もそうして欲しいです。
つまるところそれが誰の人生にとっても最善で、人生の自由が持つ厳しさなのだと思っています。
そこに向き合うには、心の強さが要りますね。でもそれが生きるということなのでしょう。

URL | 棗 #- | 2014/03/26 22:21 | edit

あれこれと・・・ 

長谷川です

はじめて投稿します。
お二人のやりとりを読んで、いろいろと考えています。

>そこから先は踏み込めない領域

>歯がゆくても、はたで見ていてつらくても、それがいくら善意からでも、誰にもその「人生の選択の自由」を剥奪することはできないし、してはならないことだと思います。

>周囲がいくら良かれと思って働きかけても、その人の人生はその人のものです。 結局はその人が自分の責任において決定したことで、その人が正しいと思えばそれは正しいのだと。

● いくら自分がこうしたらと思っても、相手に通じなければ、「善意の押し売り」になり、結局は、人間関係を悪くしたりしますね・・・

 『何故分かってもらえないのだろう・・』

 人の心は、理屈だけでは動かない。愛情も好意も、相手に反応するものがなければ、結局、自分を苦しめることになる・・。

>失明、足指切断、心筋梗塞など、糖尿病の合併症をたくさん抱えていた方

● 「糖質制限」をして、合併症を改善出来た人を知っていると、踏み込んで話をしたくなります。しかし、その考えを受け入れるかどうかは、本人次第ですね。

>つまるところそれが誰の人生にとっても最善で、人生の自由が持つ厳しさなのだと思っています。そこに向き合うには、心の強さが要りますね。でもそれが生きるということなのでしょう。

● 「そのとおりだな」と思いながら、気持は複雑です。それが生きていくということなのでしょう。
「ざらざらとした現実を見つめながら」 (アルチュール・ランボー)

 まとまらないコメントで、ごめんなさい。

棗さんのブログ。明るくしなやかな感じが素敵ですね。 また・・

URL | わんわんこと長谷川 #/pdu0RA. | 2014/03/28 03:25 | edit

Re: あれこれと・・・ 

わんわんこと長谷川さん

コメントをありがとうございますm(^^)m

そうですね、人の人生の自由を善意によって蹂躙することの怖さ…厳しいけれどそこに向き合うのが勇気だと私は思っています。
私自身、子供の頃に「大人になるまで生きられない」と言われていた先天性の病気で治療を受けていたのですが、その頃の医師の治療方法があまりにも身体的につらくて、
「本当にこんなことしないと治らないの?」と疑問を持って、自分の意思でその治療をこっそりさぼっていました。
大人になってから、私の場合はその治療は必要無いどころか、却って足かせになるものであったことがわかりました。
私は担当医師のいいつけを守らなかった過去の自分の判断が正しかったから、今こうして生きているのだと思っています。
周りの大人やお医者さんは、もちろん私を心から心配してくれていたし、できるだけ命を長らえられるようにと、善意で私の面倒を見てくれていたと思います。
それはわかっていましたし、後ろめたかったけれど…でも、私は自分の判断に従って、後悔していません。

あの時の、大人の言うことを素直に聞くという選択と、自分の意思を貫くという選択。
結果は私の意思を貫くことが正しかったわけですが、たとえそれで早死にしていたとしても、私は自分の意思を貫いて良かったと思っています。
短くても友達と一緒に過ごせた、輝いた人生だったと思うからです。
どちらにしろ、自分の決定は自分の人生を決めますからね。

世の中に沢山ある「糖質制限ブログ」の中で、私のブログはためになるブログではないですが、
せめて糖質制限のしんどくて暗い印象を払拭する「明るいブログ」でありたいと思っています(*^-^*)

URL | 棗 #- | 2014/03/28 09:43 | edit

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