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棗のブログ

軽やかに、楽しく糖質制限

あなたが思うよりずっと 

またもや3日連続の頭痛+食欲不振に、伏せっておりました。
これはもう…対策を講じる段階でしょ、って腹をくくり、今月の診察日に
お医者さんに相談してみることにしました。


頭痛も胃のムカムカもつらいけど、やっぱり一番こたえるのは孤独ですね。
少しでも紛らわしたくて、リビングのTVをつけたまま、寝室のドアは開放。
ディズニーチャンネルから流れる明るい会話を遠くに聞きながら、おふとんの中で眠ったり目覚めたりを繰り返し…。

数時間毎に起き上がってお水を飲んだり。

昼なのか、夜なのか、わからないあの気怠い感じ。
それが不快で、ずっと横になっているのもいやで、起きてリビングのソファでぼんやりTVを見ていたら、
なぜか突然泣き出しました。おいおいと。

「おかあさぁ~ん…」
泣きながら、こんな意外な言葉が出て来ました。母のいない私に。


こどもの頃の私は、生まれつきの病気で入退院を繰り返す、おそらく周囲からすれば厄介なこどもでした。
幼いながらにまわりの大人に遠慮しながら、
一日も早く治って大人になって、ひとりで生きて行かなくちゃ、誰にも迷惑かけないように
という強い決意を持っていました。
その強い思いが、のちの私を経済的自立のための仕事中心の人生へと駆り立ててきたことは、今では自覚できています。

でも、気がつきました。
というか、この時泣きながら出て来た、この意外な言葉に、教えられたんです。

私は本当は、大人に甘えたかったんだ。
それを我慢していたけど、本当は泣いたり駄々をこねたり、わがままを言ったりしたかったんだ。
他の子みたいに。

ただ、それがどうしてもできなかったから、その気持ちを抑えて、抑え過ぎて、
とうとう自分でもわからなくなってしまったんだ。
この地球上のどこにも、その気持ちを受け止めてくれる人はいない、と決めつけて、
自分の殻の中にぴったりと閉じこもったまま、
いつの間にかそれがあたりまえのようになってしまっていたのね。

それを、涙と共にこぼれ出たひとことが教えてくれました。


泣いている私を友人が心配して、夜のスーパーであれこれ買い物して来てくれました。

友人がむいてくれたりんご、ほら、ああんして!とフォークで差し出してくれたりんごのひとかけらが、
また私を泣かせました。

おいしくて。

卵豆腐を食べてから、棚から取ってきてもらったバファリンを飲みました。
すると…寝ても覚めても間断なく苦しんでいた頭痛は、気がついたらすっかり消えていました。
5分も経たないうちに。


私の病気は、きっと病気じゃないんです。
こどもの頃からずーっと、何十年も心に閉じ込めてきたこの気持ちが、
あの手この手、いろんな痛みや不快感というかたちで、
身体を通して出ようとしていた、
なんとかしてよと悲痛な思いで訴えていた、それだけだったんです。
きっと。

その気持ちを無理矢理デパスで鎮静させていたって、なにも変わらない。
私自身がその叫びに気付いてあげなくちゃ、どうにかしてあげなくちゃ、
この先いつまで生きていても、救われません、きっと。


人は誰しもひとりでは生きて行かれない。大人になった今の私ならそれは理解しています。

だから、どうにもつらい時は人に助けを求めてもいい。
私だって誰かから助けを求められたら、すぐに駆けつけるもの。
心を込めて、せいいっぱいなぐさめてあげるもの。
理由なんかない。それが当然だから。

だから、ひとりで苦しまずに、やさしい人に時には甘えてもいいじゃない?
今や、私の周りにはやさしい人ばかりだ。
自分の弱さを責める理由なんて、どこにも無いの。


本当は、こどもの頃だって思い切って甘えて良かったんだと、大人になった今はわかります。

でも、迷惑かけないようにしなくちゃって一生懸命考えていた私は、
周りの大人達の厄介そうな表情を見て、すべて自分のせいだと、自分が悪いんだと
思い込んでしまっていたんですね。


私の病気は、「さびしい病」だったんですね。きっと。
診察の時、そうお医者さんに伝えました。

お医者さんは
「ずっとそれに気付いて欲しかったの。でも、自分で導き出さなければならないものだから、それを待っていたんだよ」
と言ってくれました。


私のお薬は、本当のお薬は、
楽しさも苦しさもすべて人と分かち合う、ということ。

自分ひとりで抱え込むのではなく、
分かち合うことを自分に許可してあげることが、なによりのお薬。
これがあれば、デパスなんていらない。
飲むことなんか無くなる。


長い、長い道のりでした。

デパスを断薬しなければと思い、それができていない自分を心のどこかで申し訳なく思っていました。
でも、断薬すべきだという正論は、それは正しいけれど、私に代替策を示してはくれませんでした。

それなら自分で見つけるしかない。正論なんか、もういらない。
そう思った時に、「本当のお薬のありか」はどこなのか、真剣に見つける気になり、
そして見つけたんですね。


今まで、辛抱強く私に寄り添って下さっていた心療内科のお医者さん、
そして神さまに、感謝です。
私、治ります!

まずは、私の心の中で、
何十年も悲痛な思いで泣きべそをかいていたこどもの私を、抱きしめてあげよう。
世界はあなたが思うより、ずっとやさしい。それを一から教えてあげるためにネ(*^-^*)
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Posted on 2014/09/27 Sat. 21:06 [edit]

category: 日記

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