09 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

棗のブログ

軽やかに、楽しく糖質制限

水の中で手をはなすこと 

台風は、昨夜眠っている間に関東を通り過ぎて行ったようです。

この台風一過で暑さと湿気が強くなることは予想していましたので、
今日は最大限慎重を心がけて、ひたすら安静にしておとなしく過ごした一日でした。


家事は朝の早い時間に手早く済ませ、昼食も素早く作れるように下準備をしておき、
食事を終えてからはなるべく横になって、眠れるようであれば眠り…ギアは常にローという感じです。

暑さや湿気のストレスでおなかがゆるくなったり、肩や背中のヒリヒリ感といった症状があると、
それはデパスを飲む必要を感じる程強いものではないけれど、
やっぱりなんとなく心細くなってしまいます。

おなかがゆるい時は、立っているのも座っているのもだるいので、
涼しい所で横になっているに限ります。
こぶりの団扇と、カモノハシペリーが午睡の友です( ̄▽ ̄)

140711.jpg

そうそう、新刊のコミックも気を紛らわせてくれます♪

百鬼夜行抄 23巻 (Nemuki+コミックス)百鬼夜行抄 23巻 (Nemuki+コミックス)
(2014/07/08)
今 市子

商品詳細を見る


「セドナメソッド」、あいかわらず気持ちの良い速効ぶりを楽しみながら継続中です(*^-^*)

基本が解放なので、病に対するアプローチ方法もあります。

「病気の自分であっても、とりあえず(いろんな意味で)よしとする」
という考え方で、まずはありのままを「認め」て、抵抗や欲求を「手放す」
というプロセスなのだと、今のところは理解しています。

今日は、身体のために慎重に、丁寧に体調をモニターして過ごしていたのもあってか、
セドナメソッドで症状に対しての解放をした後に一瞬、
「自分の身体と和解した」ような気がしました(*^-^*)

すごくゆったりと流れる川の水の中で、握っていたこぶしを開くような、やわらかい脱力感も覚えました。

自分の身体と「和解」って、妙な気もしましたが(体調にはじゅうぶん気を配っていると思って来ましたしね)、
病それ自体が「自分の身体とのハーモニーがうまくいっていない」というしるしと言えば
言えますしね…。


この「身体表現性障害」という病は、自分の身体ときちんと和解できれば
解消してしまうものなのかも知れない…という気がします。

なぜ和解できていないのか、どこが和解できていないのかという具体的なことは一切考えずに、
ただ単純に、「ゆるしの心」でもって自分のありのままを包み込む気持ちで、
日々この安らかなイメージワークを積み重ねていくこと。

自分と、自分を取り巻く世界をいたわり、いつくしみ、信頼し、委ねるという、
セドナメソッドは愛に満ちたワークだと思います♪
スポンサーサイト

Posted on 2014/07/11 Fri. 22:10 [edit]

category: イメージング

TB: --    CM: 0

11

セドナメソッドのこと 

前回の記事の中でふれました「セドナメソッド」。
今、このワークを続けている私の身に、毎日驚くようなことが矢継ぎ早に起きていて、
信じ難いというかかなり楽しいことになっておりまして(笑)

今夜はいよいよブログに書きたくなって来ました(^^;)

人生を変える一番シンプルな方法―世界のリーダーたちが実践するセドナメソッド人生を変える一番シンプルな方法―世界のリーダーたちが実践するセドナメソッド
(2008/03/12)
ヘイル・ドゥオスキン

商品詳細を見る


なにはともあれ、まずは具体的な出来事から行きましょう。


今日の夕方のことです。

梅雨入りから、エアコンで「冷房除湿モード」を24時間付けっぱなしにしている私なのですが、
そうするとだいたい夕方あたりから、膝下の冷えを感じることが多いです。

夜ゆっくりおふろに浸かって体をあたため、早い時刻にさっさと寝てしまえばそれで済みますが、
時にはおふろに入るまで待ちたくないくらい、冷えの不快感が気になる日もあります。

そういう日はお湯を沸かして足浴でもすればいい、と
頭ではわかってるんです。
わかってるんですけど、それがめんどくさいんです(^^;)

私、自他共に認める「めんどくさがり」です…。
昔似顔絵を描かれた時に、横に「めんどくさい」と言ってるフキダシが付いてた位です(汗)

とにかく、いろいろ集中したい時間帯である夕方に、
大きな専用の洗面器を持ってきてお湯を沸かして、タオルを出して…なんて、
考えただけでイヤになります。

と、それだけ強い抵抗を抱えていたんですが、今日はいつもとちがいました!

「セドナメソッド」の本の中に「抵抗感を手放す」という章があったことを思い出し、
さっそく試す機会がやって来た!と気付いた私は、即座に本を開きました。
そして、このメソッドの基本、シンプルな3つの自問自答です。


「足が冷えて不快なんだけど、お湯を沸かすのがめんどくさい、という、この抵抗感が自分の心にあることを認める?」

「うん、認めます」

「この、めんどくさい気持ちを手放す?」

「うーん、手放すよ」

「いつ手放す?」

「今、今!」


…そして、また始めの質問に戻って自分の心を調べてみると…。

あれ?めんどくさくない。じゃ、お湯、沸かそうか…( ̄▽ ̄;)

ものの数秒でこの心境の変化です(笑)


その直後には、本を置いて席を立ち、いそいそとキッチンでお湯を沸かし始め、
「タオル持って来よう~♪あ、あのフカフカのにしよう」
などとやっている私がいたのです。

キッチンとリビングを往復している自分の姿に、笑ってしまうというか…。

一体、今日まで何度この「膝下の冷えをがまんする」という不愉快な行為を繰り返して来たでしょう、私は!
なぜにこんなにあっさりと、抵抗が克服(っていう言葉を使うまでもない程あっさりと)できちゃうのか、
そして、不快なのになぜ執拗にがまんを自分に強いていたのか、
自分のことなのに、まったくわかりません。

抵抗というもの…人は一体なんのために、こんなに大事に抱えているんでしょう??

消え失せてしまった今は、たった数分前の自分が理解できません(笑)

「他のことと同様、抵抗の解放は実際にやってみないと意味がないわ」
という、この本の分中に登場する経験者のお言葉が、心に響きます。
こうなった今、大いに同感します。
異論を唱える気にもなりません、ここまで見事だと…(^^;)


この「セドナメソッド」。
心の中にあるあらゆる感情を、簡単な自問自答で解放することで、心の状態を平穏に整えられる方法
と私は認識しています。

私が初めて出会ったのは、もう数年前なのですが、その時はよくわからなくて、
これといった効果はひとつも現れませんでした。
しかし、たまたまこの話を友人にしたところ、どうやらコツをつかめたようで
「おもしろいくらい手放せる~!」
と大好評でした。
友人はその直後から、FPの検定を受けたり希望通りのマンションに引っ越したり、
あれよあれよという勢いで快進撃を続け、
意欲的にラッキーの波に乗っていきました。

そして今、私もあの当時の友人の気持ちがわかります♪
セドナメソッド、スゴイです(笑)

あの当時の私に理解できなかったのに、今なぜか思い出して再び本を開いたのは、
おそらく理解できるタイミングになったからなんでしょうね。
頭でいろいろ考えてしまう当時の私では、結果が出せなくてももっともだと思います。


今は、日常生活の中で「できれば手放したい感情」が生まれるたびに、
その都度簡単な3つの自問自答を繰り返しています。
自分なりのイメージしやすい方法も編み出せたし、
あっという間に習慣化できました♪(*^-^*)

こうして、どんどん「とらわれない、自由な思考ができる私」にヴァージョンアップしていくのが
とっても楽しみです☆

あ!「炭水化物への依存」からの解放にも使えるかも?!(笑)

Posted on 2014/07/01 Tue. 22:03 [edit]

category: イメージング

TB: --    CM: 2

01

意地悪スージー 

今日は、私の記憶の中にある「意地悪スージー」のことについて書くとします。

記事にするにあたって、「意地悪スージー」のことを読んだ本を図書館に予約しておいたのですが、
いざ届いて再読してみるとどこにも記載が無く…。
記憶の変性が起きてしまっているみたいです(^^;)

やむをえず、私の学習した記憶を頼りに書きます。


「意地悪スージー」。
それは、誰の心にもある「自分へのネガティブなささやき」のことです。

たとえば、ちょっとおめかししていいワンピースで知人の集まりに参加したら、
「今日のあなたすごくステキじゃない?そのワンピースよく似合ってるわね~」
と、さっそく声をかけられたとします。
そういう時は、まあ普通に笑顔でお礼を言いますね。

そしてその夜帰宅して、一人になってからそのことを思い出して、いい気分でいると

「あんなのただの社交辞令に決まってるでしょ」

という考えがよぎって、

「そうよね、いつもとちょっとちがうからほめておいてあげようと気を遣ってくれただけよね」

なんて、一気にしらけた気分になってしまいます。
こういうこと、身に覚えがありません?

この「ただのおせじよ」というネガティブなささやきをしてくる、心の中の誰か。
それを擬人化して
「意地悪スージー」と表現するのです。


「意地悪スージー」に耳を貸していると、どんどんつけあがられて、
すっかり考え方を支配されてしまいます。

果ては、自分に起きる出来事すべてにひねくれた見方をしていることにまったく気付かず、
どんなに良い出来事もすべてありのままに受け止められなくなる、という
おそろしいささやきなのです。


きっと、誰の心の中にもいる「意地悪スージー」。

私は、いろいろな「自己肯定感を高めるイメージワーク」で、この
「意地悪スージー」との付き合い方がすっかり変わりました。
私が主導権を握るようになったんです(*^-^*)

それどころか、「意地悪スージー」の言葉の奥に潜む臆病さや、非生産的な思考に対して
同情すら感じられるようになりました。

なぜなら「意地悪スージー」と同じようなことを言う人は、
私の心の外、この世間の中にも沢山いるからです。

時々は、もっともらしく聞こえる意見も言います。
でもよく聞いてみれば単なるねたみからの発言だったり、
意図のわからない言いがかりだったり、
ありのままの現実を見て言っているとは思えない偏見からの言葉が目立ちます。

「意地悪スージー」は、自分が住処にしている人に向かってささやくだけでなく、
他人に対してもまたささやいているのです。

なんの得にもならないのにネ(^^;)


自分を肯定することに慣れ、物事をネガティブでもポジティブでもない、
ニュートラルに見ることが自然にできるようになると、
不思議なもので「意地悪スージー」は心の中でささやかなくなります。

自己肯定感が高くなって、自分に正しい自信がついてくると、
「意地悪スージー」がつけこむ隙が少なくなり、
出番がなくなるのです。

その上、以前はちょくちょく心の中で「意地悪スージー」にささやかれていたような内容を
他人同士で言い合っているのを見るたび
「あんなことしてて楽しいのかなあ…?」という不可解な気持ちになっている自分に気付きます。

普段から「意地悪スージー」に冷めた気分にさせられて、おもしろくないと感じているから
腹いせに他人に同じことを言って、お互いに無意識のうちにも
うさをはらし合っているのかも知れませんね。

でもまあ、最近はその「不可解な言い合い」という行為も、
当人にとっては無意識に引き寄せている「学びの機会」なのかも知れないし、
それはそれで思い通りに「学んで」らっしゃるのだろう…と受け止めています。
(良きにつけ悪しきにつけ、関心を示すということは望んでいるのと同じですよね)


まさか、「自己肯定感を高める」ということが、
この「意地悪スージー」を黙らせる結果につながるとは思ってなかっただけに、
長年いやな気分にさせられて来た私は嬉しかったです♪

逆に、めずらしく「意地悪スージー」がささやいて来る時には、
「私今なにか弱気になってたり、ストレスを感じてるのかな?」と
自分の感情をよく調べて、ケアしてあげるいい機会に使えます。


春は、おしゃれの季節であると同時に、五月病など不定愁訴の季節でもありますよね。

糖質制限でやせたり、お肌がきれいになると、同性の目も厳しくなりますから(笑)、
せめて自分だけは「意地悪スージー」にへこまされずにいたいものです…(^^;)

Posted on 2014/04/14 Mon. 19:12 [edit]

category: イメージング

TB: --    CM: 0

14

言葉の持つ力と、Open mind 

本日ふたつめの記事です。


年齢も年齢なのでそれなりに、一応慎重に事実を受け止めて、言動しているつもりではいるのです。

しかし、そうは言っても人間ですので、衝撃を受けた時には信頼のおける人にエマージェンシーを送って、
助けを乞うこともあります。


以前、病気の友にどんなことをしてあげられるのかな…と気落ちしていた友人に、
あれこれと具体的な提案をして励ましたところ
「ありがとう!やっぱり棗さんの言葉には力があるよ」
と感謝されたことがありました。

え?そうかな…と首をかしげましたが、こういうのは案外言った本人には
わからないものかも知れないなあ、と
苦しいことがあって助けられた時になって、気がつきます。

助けを求める立場の今だから、その力がありがたく身にしみるんですよね。


最近いろいろあって、心がゆれる私です。
涙もろいのは、やっぱり年のせいかしら(T▽T)

なんだか、以前よりも傷つきやすくなっちゃったような気がしています(///-///)


苦しいけど、こんな自分をきらいじゃありません。
それだけ素直で、それだけ心がオープンになっているのだろうから。

まあこれも、深層の自分と向き合って来た結果なのでしょうね。

来年はいよいよ50歳になる私。年相応に悟れてきているのかな…?
いやまだまだ「大人になりたい」と思っています(笑)


心をオープンにしていると、当然傷つきやすくなりますよね。
私の場合なんて、もうめまいがしそうなほど強く心がゆれます。

でも、オープンでいるということは、リスクを受け入れる勇気がそこに存在します。
それだけ強いとも言えるんです。
強くなければ臆病さから、心をさらすことはできません。

そして、外の出来事がきっかけで傷ついても、泣いても、それでもオープンでいられるのは、
「ありのままの自分」を自分でちゃんと肯定できていることのしるしで、
その自信が強さを発揮しているんですね。


私はイメージワークで「自己肯定感」を高めることに集中していた時期がありました。
その時の努力が結実したから、今のこの
「傷つきやすい、でも打たれ強いオープンな心」の私がいるのだなあとわかるんです。

心をオープンにしていると、他の人が自分にくれる善意がダイレクトに伝わって来て、
感動してしまいます。
その人がくれる想いのあたたかさに、素直に感謝の気持ちが溢れて、
安心して寄り添えます。
助けの手に無防備なほど信頼して身を投げ出せます。
卑屈になること、萎縮することいっさい無しに。
おさなごのように。


喜びに打ちふるえることができるのも、傷ついて泣けるのも。

心を開いていることは、生き生きと「自分を生きている」という
実感に満ちた人生を送ることです。

自分を、人を、この世界を愛しているからこそ、信じているからこそ、
オープンでいられる。

傷ついても、泣いたままでも現実を受け止めて、立っていられる強さと、
素直に未来を信じて、再び顔を上げられるしなやかさ。

どんな嵐にまかれても、必ず立ち直る。そして、誰にもなににも汚されない。

だから、私の人生はいつも平穏で、たとえ嵐に会って泣いても、
心はいつも怯えとは無関係に、おさなごのように安心しきっているのです。


自己肯定感を自分の心にしっかり育てることって、すごい恩恵に満ちてます。

糖質制限同様、人生に安心と平穏をもたらしてくれます。
一日、一日をいとおしんで送るために。お勧めです。

Posted on 2014/04/01 Tue. 22:26 [edit]

category: イメージング

TB: --    CM: 0

01

親友のように、いたわってあげよう 

「朝食前ウォーキング」を始めて、気がついたらあんまり病気のことを記事に書かなくなっていました。
書くことが無くなって来たんです。

半夏厚朴湯はずっと飲んでいますし、それだけで日中はまったく忘れているくらい、
発症しなくなりました。
その状態がもう当たり前の日常になって来ているんですね(*^-^*)
嬉しい♪


それでも、やっぱり良くなったり悪くなったりの波があるのはわかります。

特に暖かい日が増え始めた頃から、
夜、寝付いて約1時間くらい後におなかが気持ち悪くなって、目が覚めます。
それでデパスを1/4にカットしたのを飲んでおふとんに戻ると、たちどころに眠れます。

(それにしても1/4錠で効果があるって、我ながら驚きです…0.5mg錠の1/4ですよ、ゴミみたいな量です!)

どうしていつも「寝付いてから1時間後」なのかはわかりませんが、
そう決まっているみたいです。
寝付きはとても良いですし、朝もちゃんと起きられるし、
睡眠も気持ちよくたっぷり取った感じです。
それだけに、なぜなのか不思議です。


私の場合、こういう時は理屈であれだこれだととっかえひっかえしていても
らちがあきません。
原因がひとつに絞れない時は、瞑想です。

なんか「瞑想」って言うと、どうもスピリチュアル系の人だと誤解されることもあるんですが、
違いますからね(笑)
そっち方面はちょっと苦手なんです(^^;)
私のしている「瞑想」は、自分の潜在意識という脳内データベースにお伺いを立てるという
行為です。

自分の本音がどこにあるのかわからない…という時には瞑想をしてみると、
ポン!と浮かび上がって来たりするので便利です。


さて。いつものようにクッションを床に置いて、結跏趺坐に座り、
静かに腹式呼吸を繰り返して目を閉じます。

なにが浮かんで来るかな…?

「思考に頭が偏りすぎているから、感覚的なことで頭を楽しませる」

なるほど。
ツールはなにで?

「音楽」

ふむ。
なんでもいいの?

「ピアノ」

ほほー。らじゃりました(*^-^*)ゝ


そして即、これを聴きました。
ソファに横になって…のびのび気分で。


一番美しいもの一番美しいもの
(2000/11/18)
村松健

商品詳細を見る


手持ちのヘッドフォンで一番音質の良いのを掛けて、
目を閉じて、音楽世界に集中していると…。

こんな情景が浮かんで来ました。

白い木の柵の戸を開いて、芝生の庭に入ると、
その向こうにある家の玄関の前に立っている人を目がけて、
私は走って行って首に抱きつくのです。
バッグを放り出して。

その、私の帰りを玄関の前で待っていた人は、
抱きついて泣いている私を受け止めながら
「もういいよ、それでいいよ」
と頭を撫でてなぐさめてくれます。
それがやさしいから、余計に泣きじゃくってしまう私。

おっきくてあたたかい腕の中でした。


そのまま一枚CDを聴き終えて、
「もっと自分にやさしくしてあげよう」
と思いました。
大切な友達をいたわるように…元気で明るい私に戻って欲しいから。

なんか、そのつもりがなくても、けっこういろいろと
気を遣ったりして疲れていたんですね。
楽しいことも多いけど、理解できない難しいこともなんとか理解しようと考えてる、最近の私。
これがいいと思える選択肢を選んでいるつもりでも、どこか釈然としない気持ちも残って。

もっとなにかできるんじゃないの?と、自分の力の至らなさに悔しくなったり。


でも、至らないままにも、それでも最善の道を選ぼうとまじめに向き合う今の自分を、
そのありのままにまずは肯定してあげよう。
すべてはそこから始まるから…。

そう思った時、心の中から明るい力が湧いてきたみたいな気持ちになりました☆

私が上機嫌でもしょんぼりしてても、私の周囲はいつも変わらずにやさしいから♪
この有形無形の恵みに、心から感謝です(*^人^*)

Posted on 2014/03/31 Mon. 18:50 [edit]

category: イメージング

TB: --    CM: 2

31